『I ~人に生まれて~』は、私たちへ問いかける。ジェンダーの概念は、もっと多様化できるのではないのか。大阪アジアン映画祭薬師真珠賞受賞作品より。

2023年9月24日日曜日

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『I ~人に生まれて~』メイン画像
(C)2021 Flying Key Movie Co.,Ltd.All Rights Reserved.

第16回大阪アジアン映画祭薬師真珠賞(最優秀俳優賞)を主演リー・リンウェイが受賞した秀作。主人公は、性分化疾患(インターセックス)の少年。彼と、その家族、友人、医師、とりまく人々の取る行動は、彼のアイデンティティは、どのように翻弄されるのか。

当初は、中国での製作、上映をする予定でしたが、中国の検閲制度の問題のため断念し、台湾での製作となったこの作品。

この作品をどのように受け止めたら良いのか。観客である、私たちの心の在り様を、問いかけてくる作品です。

※性分化疾患とは、ヒトの6つの性のうち、性染色体、性腺、内性器、外性器のいずれかが非定型的な先天的体質を指します。(作品公式資料より転載)

『I ~人に生まれて~』場面写真1
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あらすじ
シーナン(リー・リンウェイ)は、ゲームが好きな14歳の少年。ある日の授業中、彼は激しい腹痛に襲われる。トイレに駆け込むと、尿が血のように赤く染まっていた。膀胱がんを恐れ、両親に連れられて病院へ向かうが、そこで両親は息子が「性分化疾患」(インターセックス)であると告げられる。両親は病気のことを伝えぬまま、シーナンが性転換手術を受けることを決めてしまう。手術後、自身の性別への認識の違いに葛藤を抱えながらも、女性の「シーラン」として新しい街で生活し始めるシーナン。女友達もでき、すべてうまくいくように見えたが…。【公式サイトより転載】
この作品が、初長編監督でありながら、「性分化疾患」というデリケートなテーマに挑戦し、大阪アジアン映画祭、ハワイ国際映画祭など、多くの映画祭で評価されたリリー・ニー監督。今回は、監督にメールでインタビューを行い、この作品を描くきっかけや、映画祭などでの観客の反応、演出の意図などを伺いました。
※インタビュー内容には、作品の内容に踏み込んだものが含まれていますので、ご注意ください。

リリー・ニー監督写真

監督:リリー・ニー
南カリフォルニア大学映画芸術学部を卒業した中国の脚本家・監督。これまでにハリウッド国際映像映画祭、カナダ短編映画祭で優良賞などを受賞し、注目を集めた短編映画『FeMale』(2016)を監督しており、今作が初めての長編作品となる。今作の監督だけでなく、主題歌も歌っている。この映画を通して、LGBTQ+に対する人々の関心・認識を高めたいと考えている。

Q:性分化疾患の主人公が自分の生き方やアイデンティティに葛藤するという難しいテーマの今作ですが、性分化疾患に関して、監督ご自身はいつ頃から関心がおありだったのでしょうか?また、本作を作られた理由や経緯を教えて頂けますか?

はい、この主人公のモデルは私の親しい友人です。私はその友人をずっと同性愛者だと思っていたのですが、後になって、実はインターセックスなんだと教えてくれました。この出来事は私にとっては衝撃的でした。そこから私は、インターセックスについて関心を持つようになったのです。彼らの声に耳を傾ける必要があると思うし、社会が彼らに対して平等で尊重に満ちた考えを持つことを願っています。

この作品は当初中国本土で製作される予定だったのですが、検閲制度の関係で台湾で撮影されることになりました。台湾には2020年に『I ~人に生まれて~』のロケハンで初めて行ったのですが、その時、ここ以上に適した撮影地はないと確信しました。その後、COVID-19が流行し、私は台湾に閉じ込められてしまったのですが、そんな状況の中にもかかわらず本作の撮影と制作を終えることができて、本当に感謝しています。

『I ~人に生まれて~』場面写真2
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Q:主人公の特徴的な演出として、「猫背」「ガニ股」を最後まで通されていましたが、その意図はありますか?主人公の「心の在り様」としては、身体的な状況の変化があったとしても、「変化しない」ことを表現されていたのでしょうか。

そうです。実際、主人公の身体的な特徴は女の子に変化しました。好きな女の子のためにピアスも開けるようになったのです。ですが、家族や友達から裏切られたと知った後、主人公は元の「猫背・ガニ股」の姿に戻ってしまいます。結局、最初から最後まで主人公は少年のままだったのです。

『I ~人に生まれて~』場面写真3
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Q:内容的には、主人公にとっても、私たちにとっても、「恐ろしいこと」が描かれていて、作品のトーン、特に音楽や映像の創りは、ホラー映画に近い演出をされていますが、企画の段階からそのように意図していたのでしょうか。

この映画を企画・制作している段階では、ホラー映画という方向性は考えていませんでしたが、公開後、観客の方々からそのような感想をたくさんいただきました。私は元々ホラー映画が好きで、子供の頃に好きだったティム・バートン監督から音楽や映像の影響を受けているのかもしれません。ですが、『I ~人に生まれて~』をホラー映画だと思ったことは一度もありません。主人公は、特別な体験をしましたが、それを除けば私たちと同じ普通の人間だと思っているからです。

『I ~人に生まれて~』場面写真4
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Q:主人公は、両親、医師、学校など自分をとりまく社会から、最後までインターセックスである自己の存在を肯定されませんが、監督の考える、理想、あるべき姿はありますか?作品中では、観客は主人公に寄り添い「あるべき社会の姿」「自分たちの正しい価値観」を模索することになるかと思いますが、作品中に監督の理想的な社会を体現する存在が登場しないようにみえました。答えを提示することなく、観客へ問うことを目指したためでしょうか。

そうですね。実際、私の中にはいわゆる「理想的な社会」はありません。この映画に登場する誰もがそれぞれの価値観を持っていますが、それはどれも二元的なものです。だから、人間として生まれるということは、男か女かということなのでしょうか?これが、私たちの社会におけるジェンダーへの偏見の原因なのだろうか?ジェンダーの概念はもっと多様化できるのではないだろうか?作品を通じて、これらの問いを考えていただきたいと思っています。

『I ~人に生まれて~』ポスター画像

I ~人に生まれて~
原題:生而為人/英題:Born to be Human

作品情報
監督・脚本:リリー・ニー
出演リー・リンウェイ、ベラ・チェン、イン・ジャオトー
2021年/台湾/カラー/シネスコ/5.1ch 105分/中国語/字幕:古川 裕/字幕協力:大阪アジアン映画祭
公式サイトhttps://i-hitoniumarete.com/
2023年9月22日(金曜)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋、ほか全国順次公開

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